2. キング・クリムゾン事件

 パブリシティ権の客体としてどのような情報が含まれるか――この問題を検討するのに最適な具体的事案として、一般に「キング・クリムゾン事件」と称される裁判例がある。ここでは同事件の判決に沿って、パブリシティ権の客体にいかなる情報が含まれるか、すなわちジャケット写真がパブリシティ権の内容に含まれるかどうかという点を中心に整理してみよう。
 イギリス人ミュージシャンX(原告・被控訴人)は、著名なプログレッシヴ・ロック・グループ “キング・クリムゾン(King Crimson)” のリーダーである。Y1(被告・控訴人)はわが国の放送事業者で、音楽に関する書籍等の出版活動も行っている会社であり、Y2(被告・控訴人)はY1の代表取締役である。Y1は、1995年10月20日ころ、題号を「キング・クリムゾン」とする書籍(以下「本件書籍」という。)を出版したが、本件書籍の表紙、背表紙および裏表紙には、キング・クリムゾンのアルバム・ジャケット・デザインが使われており、また、本件書籍の約80%を占める「ディスク・ガイド」および「ヴィデオ・ガイド」においてはキング・クリムゾンないしX関連のレコード等のジャケット写真が使用され、その他、章の扉部分等で11枚のミュージシャンの肖像写真が使われており、そのほぼ全部にXが写っている。Xは、Yらによる本件書籍の出版によりXのパブリシティ権が侵害されたとして、損害賠償ならびに本件書籍の販売・印刷の差止めおよびYらの占有する本件書籍の廃棄を求めた。
 一審判決(東京地判平10・1・21判時1644号141頁)は、パブリシティ権の内容に関して次のように述べて、損害賠償請求の一部と本件書籍の販売の差止めおよび廃棄請求を認容した。

 パブリシティ価値の本質は、著名人が有する顧客吸引力にあるから、…著名人が獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる経済的な価値で、顧客吸引力があると認められる場合には、それをもパブリシティ権の内容に含まれると解すべきである。…著名人自らの氏名及び肖像が用いられているジャケット写真は、それ自体でパブリシティ権の内容に含まれていると解されるし、そうではないジャケット写真についても、その演奏者や作品の著名性と相まって、当該音楽家を直接的に印象付けるものとして、その氏名ないし肖像と同様の顧客吸引力を取得する場合があるし、著名な音楽家ないし作品のジャケット写真が、当該作品及び収録楽曲の題名、演奏者名などと共に商品に使用された場合は、その有する顧客吸引力ないしパブリシティ価値の使用が問題となる場合があると解されるので、ジャケット写真がパブリシティ権の内容に含まれるか否かは、個別的な事案に応じて判断する必要があるといわなければならない。
 …本件書籍は全体として、「キング・クリムゾン」及びXを含む右グループに関連する音楽家の氏名、肖像及びこれらの者の音楽作品のジャケット写真の有する顧客吸引力を重要な構成部分として成り立って〔おり、また〕「キング・クリムゾン」のパブリシティ価値は、Xのそれと大部分において重なるものと認められ〔ることなど〕からすると、本件書籍においては「X」個人の氏名、肖像の有する顧客吸引力も利用したものと解することができる〔から、Yらの本件書籍出版〕行為は、Xのパブリシティ権を侵害するものとして民法上の不法行為を構成するものと解すべきである。

 この地裁判決に対してYらが控訴したところ、控訴審(東京高判平11・2・24判例集未登載〔平10年(ネ)673号〕)は原判決を取消し、Xの請求を棄却した。その述べるところは以下のとおりである。

 一般的にジャケット写真はレコード等と密接な関係にある創作物であり、単なるレコード等の附属物という域を超えてそれ自体が作成者の思想や感情を創作的に表現する著作物として音楽活動ないしレコード等に対する視聴者の印象を強固なものにすると同時に作品に対する記憶を呼び覚まさせるといった効果を発揮するものであ〔り、〕そのため、ジャケット写真は当該レコード等の視覚的な側面を担うものとして当該レコード等と一体的に受け止められるようになり、当該レコード等を視覚的に表示ないし想起させるものとして当該レコード等の宣伝や紹介にも利用されることになる。このようなジャケット写真の機能は当該音楽家本人の肖像写真がジャケット写真に使用された場合ですら否定することは困難であるから、ジャケット写真が音楽家自身を連想させるという効果は、それが当該レコード等を視覚的に表示ないし想起させる効果と対比して相当減弱されたものであるといわなければならない。…本件書籍に多数掲載されたジャケット写真は、それぞれのレコード等を視覚的に表示するものとして掲載され、作品概要及び解説と相まって当該レコード等を読者に紹介し強く印象づける目的で使用されているのであるから、X本人や「キング・クリムゾン」の構成員の氏名や肖像写真が使用されていないものはもちろんのこと、これが使用されているもの…であっても、氏名や肖像のパブリシティ価値を利用することを目的とするものであるということはできない。〔また、章扉部分等に使用されている肖像写真についても〕その掲載枚数はわずかであり、全体としてみれば本件書籍にこれらの肖像写真が占める質的な割合は低いと認められ、本件書籍の発行の趣旨、目的、書籍の体裁及び頁数等に照らすと、これらの肖像写真はX及び「キング・クリムゾン」の紹介等の一環として掲載されたものであると考えることができるから、これをもってXの氏名や肖像のパブリシティ価値に着目しこれを利用することを目的とするものであるということはできない。〔本件書籍の題号・文字〕は本件書籍で対象としている音楽家を表す記載であり、表紙〔等〕へのジャケット写真の使用も右音楽家に関する書籍であることを視覚面で印象づける趣旨で掲載したものであるとみることができるから、これらは「キング・クリムゾン」に関する書籍であることを購入者の視覚に訴え、これを印象づけるものであるということはできても、その氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とする行為であるということはできない。

 なお、本件はXから上告がなされたが、最高裁は平成12年11月9日これを棄却した(判例集未登載)7)。